トップメッセージ
昨今、地政学的リスクをはじめとした不確実性が国際的に高まっています。そうした中、日本における最も大きな構造的課題は「人口減少」であると感じています。これは、商品の売れ行き、マーケットサイズの縮小、国際社会での発言力低下、産業構造の変化など、あらゆる領域に深刻な影響を及ぼしています。特にマーケットサイズの縮小は、企業数の減少にもつながっていきます。企業として淘汰される側に回るのか、それとも生き残る側に回るのか、その分かれ道に、私たちは今立たされていると考えています。
だからこそ、企業は危機感を強めるとともに、生き残りをかけ抜本的な戦略転換を図らねばなりません。そこで私は、グローバル市場でいかに競争力を高めていくかがグンゼにとっての命題と考えており、その克服なくして生き残りは難しいと感じています。
とはいえグローバル市場には競合も多数存在し、特に当社のような企業規模では、グローバルで正面から勝負していくには限界があります。本格的に戦うには、企業規模として売上高5,000億円~6,000億円規模が最低限必要だと考えています。
そこでグンゼでは広範なグローバル展開ではなく「ニッチな市場を切り取る」という独自の戦略を立てています。例えば中期経営計画では、アパレル事業においてグローバル市場への拡大に取り組む販売戦略として、特定価格帯のメンズ下着市場に特化するなど、具体的で戦略的なアプローチを目指しています。
限られた経営資源を最大限に活用するために、慎重に市場セグメントを選定し、地産地消の発想に基づき特定の地域や市場に経営資源を集中させていきます。
グンゼは、機能ソリューション事業、メディカル事業、アパレル事業、ライフクリエイト事業の4つのセグメントを展開していますが、企業規模に比べて事業領域が幅広いことが特徴です。それぞれが独自に目指すべき価値や成長の方向性、そして課題を有しています。
2024年度で「VISION 2030 stage1」を終えました。私なりに点数をつけると100点満点中70点です。及第点とはいえ、決して満足できる結果ではありません。
メディカル事業と機能ソリューション事業は、当初の目標を達成できたので評価しています。メディカル事業は生体吸収性分野における独自の技術開発に注力しました。患者さま・お医者さまの双方にとって価値のある医療機器の開発や、多くの大学の研究室との密接な連携を通じて、ニッチながら高付加価値の市場を開拓しています。機能ソリューション事業においては、半導体分野や環境関連製品など、常に変化する市場ニーズに対応した製品開発を行っています。
一方、アパレル事業とライフクリエイト事業は、今後事業戦略の見直しが必要な状況にあります。特にアパレルは厳しい環境に直面しました。私たちが取り扱うアパレル商品は輸入比率が高いため為替の影響を受けやすく、さらに日本国内の人口減少による衣料品市場の縮小、という構造的な課題にも直面しています。さらに、お客さまが目的に応じて買い方を選択する傾向が強まる中で、私たちが主力としてきた量販店や百貨店の売場は確実に減少しています。
このように厳しい状況が続く中でも、私はアパレルがグンゼの看板事業であり、継続し、進化させていく意義があると感じています。その思いを形にするために、2025年度からスタートした「stage2」では構造改革に取り組み、あらゆる点を見直していく決意です。
機能ソリューション事業においては「stage1」から、プラスチックフィルムとエンジニアリングプラスチックスの両分野で投資を進めてきました。プラスチックフィルム分野では、滋賀県守山市にある守山工場にサーキュラーファクトリーⓇを建設、エンジニアリングプラスチックス分野では愛知県江南市にある江南工場に第7号棟を増設しました。「stage2」では、これらの工場を活用してさらに収益を上げていくことを目指します。
メディカル事業では「stage1」で新商品を上市しており、特に手術後の臓器同士の癒着を軽減させる癒着防止材は顧客の新規獲得が進み、2025年4月に増産に対応するために京都府綾部市に第三工場を新設し、下期から稼働していきます。
一方で、アパレル事業、ライフクリエイト事業については構造改革に取り組みます。アパレル事業においては、個々のブランドの競争力や在庫水準の適正化、販売チャネルや物流体制を含め抜本的に見直します。構造改革の目的は、単に収益性を改善するだけではなく、その先にある成長の可能性をつかむための基礎づくりと考え、より筋肉質な事業体制へと転換していきます。
その際、先ほど申し上げた「ニッチな市場を切り取る」戦略で勝負する地産地消型のグローバル戦略を進めます。この戦略を支えるのが「生産」と「マーケティング」です。どこで何を、どのレベルで生産し、どの程度収益が上がるのかを探るなど地産地消で勝負をしていきます。この考え方は、アパレルに限らずすべての事業セグメントに通用するもの、と私は考えています。
また財務戦略においては、従来の堅実ながらやや保守的であった財務戦略から、「stage2」ではより動的で柔軟な資本政策への転換を図ります。これには2つの背景があります。1つ目はグローバルな資金を呼び込むための日本企業全体の課題です。
東京証券取引所が先導する形で、海外投資家から見た最低限の投資基準として「ROE 8%」「PBR
1倍」といった水準が示されており、私たちも最低限の財務目標として目指さなければなりません。もう1つは、当社の資本構成の問題です。現在、自己資本比率は70%を超える水準に達しており、資本としてはやや厚すぎる状況です。経営資源を積極的な成長投資や株式還元に配分するとともに、構造改革による資本効率向上に取り組み、資本の最適化を図っていきます。
中長期視点で売り上げ規模を3~4倍にしていくには、M&Aは重要な選択肢の一つですが、私は、戦略的かつ慎重なアプローチを取る必要があると考えています。大切なのは「相性」と「タイミング」で、買収を急げば、長期的に見ると不幸な結果を招くリスクもあります。親和性のある事業領域で、適切なタイミングを見極め、質的な成長を重視していきたいと思っています。
グンゼグループでは2026年4月から人事制度の改定を計画しています。管理職にはジョブ型を導入し、能力のある人財をしっかり評価・処遇できるようにしていきます。ただし、私は「人の幸せ」は一つではないと考えています。キャリアアップを望む人もいれば、地元で安定した暮らしを大切にしたい人もいます。そのどちらにも応えられるように多様なコースを用意し、一人ひとりの幸せと成長を重視した制度をつくっていきます。
これらの取り組みは、創業者・波多野鶴吉が大切にしてきた「善い人が良い糸をつくる」という精神をこれからも継承していくためにも必要な制度改定と考えています。
そして私が社員に対して求めたいことは、まず一人ひとりの人間性です。専門スキルは本人の努力で後から身につけられるものですが、良好な人間性、そして前向きにやり抜く力は、一朝一夕で得られるものではありません。これらには、協調性やチームワーク力が含まれており、日本企業においては重要な資質です。こうした基本的な人間力を備えた人財を育てていきたいと考えています。
また、人財と並んで、持続可能な企業であり続けるために重視していることが「環境対策」です。グンゼはプラスチックという素材を扱う企業として、地球環境への責任を自覚してきました。その責任を果たすためにサーキュラーメーカーとしての構想を進め、国内初の資源循環型工場モデルとしてグリーンローンを活用し「守山サーキュラーファクトリー」を立ち上げました。この取り組みはすでに2,000名を超える関係者の方々が現地を訪れており、2024年10月に経済産業省から表彰されました。これらの活動を通じて、私たち独自の環境保全の取り組みが企業価値の向上に繋がっていると感じています。
今のグンゼについて若年層の認知度が十分とは言えないと感じています。年配の方々にも「肌着の会社」という印象が強く、エンジニアリングプラスチックスやメディカルといった事業を含めた、企業の全体像が伝わっていないのが現状です。このままでは知名度もブランドの幅も広がりません。
しかし、最近少しずつですが、メディカル事業に関心を持ってくれる学生の応募が見られるようになりました。これは新しい成長事業が少しずつ若い世代にも届き始めている証だと思っています。今後さまざまな事業に関心を持つ入社志望者が増えれば、着実に知名度も上がってくると感じています。
私が「VISION
2030」の策定にあたって最も大切にしたことは「マルチステークホルダー」という考え方でした。株主、従業員、お客さま、地域社会などすべてのステークホルダーに対して、バランスよく価値を届け、満足いただける会社でありたいと思っています。そのために私たちが大切にしていることは“ここちよさ”の提供です。この“ここちよさ”こそが、グンゼらしさであり、それが企業価値の向上に繋がるものと確信しています。
これからも、私自身がこの想いを具体的に発信し、グンゼの魅力を一人でも多くの方に届けていきたいと考えています。皆さまのより一層のご理解とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。